刀ミュで沼に突き落とされた山﨑晶吾くんが出るからという邪な理由でアニメ&映画の『ギヴン』を観た。
昨日のお写真にたくさんの反響をいただきましてありがとうございます!!
— 舞台『ギヴン』公式 (@given_stage) July 21, 2021
皆様からのコメントやリツイート&いいねが本当に嬉しく、力になります😊
雨月さんもぜひというお声も頂戴しましたので、今夜はこちらをお披露目させていただきます✨#ギヴン #舞台ギヴン pic.twitter.com/bv8ngsaVDa
この写真をTLで見て、なんだこのアンニュイな黒髪美形の役は…と調べたら「別れた元彼と今も同居してる天才ヴァイオリニスト」の役と知って、は!?となり、さらにその”別れた恋人”が「強面だがとにかくモテる色男で、別れた同居人と今も体の関係だけあり関係性に行き詰まっている」という設定で、しかもそれを演じるのが、私の中で刀2.5キャストの中で「よくこんな子見つけてきたなと思う役者さんランキング1位」である川上くん*1ということが発覚し、生まれて初めて原作を知らない舞台を観に行く決意をしたのであった。
とはいえ予習期間があるのでアニメ全話&映画を履修しました。結論からいうと辛すぎて観なきゃよかったです(涙)
まず上記の経緯からもわかるように私は最初から秋彦(川上くん)と雨月(しょーごくん)目当てで見始めたんですが、アニメ版は当たり前だが主役カップルの立夏&真冬に焦点がおかれていたため、あんまり秋彦&雨月のことはわからず。とはいえ、秋彦が家に帰ったら謎の美形男が寝てるという描写を初見で見た人は心臓止まったのではと思ったのですが…
もう3話くらいからたぶん立夏と真冬付き合うんだろーな、と思いながら観てて*2、なので途中で真冬の元彼が真冬が原因で自殺しているという衝撃設定が出てからは正直そっちに気をとられていたのですが…
映画版では秋彦・春樹・雨月の3人をめぐる関係が主軸だったので、もう60分間呼吸止めて見た。途中まで「春樹ーーーーー!!!!!!秋彦なんて好きになるなーーーーーー!!!!!!涙」の一心で見ていたのですが*3、中盤から雨月と秋彦の関係性が終わりに突き進むのを見ながら、「雨月〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!!!!!!」しか感情がなくなり……ツ………ツラい……………
雨月の家でルームシェアしてて、「奴隷のくせに」「せめて居候っていってくれ」と軽口叩いてて、「新しいヴィオラの彼氏と(練習)すれば」「しないよ、顔が好みなだけだもん」とじゃれつつも、めちゃくちゃ距離が近く、ど…どういう関係??と私をざわつかせていた二人ですが、映画版では早々に「もう関係は終わってて、死ぬほど好きだけど一緒にいると苦しいから雨月から別れを告げた」「梶さんは替えのきかない人を好きで、もう失恋してる」などのパンチフレーズで関係性をびしばし見せてくるふたり。「すでに別れてる」「けど衝突しながら2年一緒に住んでる」という、ありていにいえば共依存状態で、雨月から別れを告げたのに秋彦のことを今も「死ぬほど好き」で、新しい彼氏もどんどん作って秋彦から出て行ってくれるのを待ってて、とか言いつつ秋彦が出ていくと言ったら激昂して手が出てしまうようなひとで、秋彦は秋彦で男も女もとっかえひっかえしながら、それでも家を出れず、ずっと優しくしつつも、雨月の音楽の才能への憧れと焦燥心とがごちゃまぜになった怒りに似た気持ちがあり、「出会ったときからこいつのすべてが大嫌いだった」「俺が音楽さえ捨てられれば全部うまくいくんじゃないのか?」と自傷行為みたいに強烈な恋心を体の内面で燃やし続けている。お互いがお互いのことを特別で大好きなのに、「一緒にいると苦しい」とどちらも感じていて、それで…じわじわ、じわじわ、二人の関係性が終わりに向かっていくのを見るのはほんとうに辛く、涙が出た。
というか、私は最初から本当はわかっていた。この設定を見たときから、私がたぶん好きになるであろうこの二人は、この結末を迎えるのだろうと心のどこかでは予想できていた。なのに見た。こうならなきゃいいと祈りながら見た。お互いに好きなんだから一緒にいることのできる未来を探し当ててよ!!と思いながら見てた。私は生まれて初めて、「両想いなのに別れる選択肢を選ぶ推しカプ」を目の当たりにしたのかもしれない。こんなに情緒かき乱されることになるとは思わなかった。
一緒にいると苦しいなら、雨月が泣きながらでも手を離せたのは正解だったのかも、そう思いたい、けど思えない…。「正しい」未来を選んだと思うけど、でも雨月にとっての「幸福な」未来ではないような気がして、余計につらい。
「止まらないよ、止まったら別れ話するんだろ」「俺、ヴァイオリンが好きだ」「…なんだそれ、別れ話じゃねえか」のシーン、もう一生見れないと思うほどつらくて、つらくて、私にはもうどうすることもできないので、早く忘れて見なかったことにしたい。そう思うくらいつらかった。振り返った雨月の表情を思い出すたびに私の心臓は破裂しそうになる。
ギヴンはBL作品なのでメインテーマはやはり恋愛であり、あんまり深く描かれてなかったけれど、やっぱり音楽の世界に身を置くものとしての雨月と秋彦っていうのが肝だったんだろうなと思う。音楽の神様に選ばれた雨月のめちゃくちゃさに、秋彦が強烈に惹かれるのは必然のように思えて、そんな雨月の才と寂しさを丸ごと受けとめてくれる秋彦を雨月が好きになったこと、一緒にいることが互いに首を絞めてどんどん苦しくなっていったことも、それは「相手を好きであること」と両立できる感情であることも起こり得るのだとわかって、本当に相手がいないとだめなのはどっち?っていう、すっごく絶妙な綱渡りを二人はしてて… それでも二人とも、音楽だけは手放せないから、代わりに一生に一度の恋を手放したのだと思うと、音楽の神様と契約したんだなと私には思えて本当につらかった。音楽があるから出会って、音楽があったから恋をして、音楽があったから別々の道を選んだ二人。それでも、秋彦の出て行った雨月の家に、二人で愛した音楽だけは残って、その未来を二人が選ばざるをえなかったことも私にはしんどかった。秋彦がバンドをやりながらも専攻であるヴァイオリンの練習を続けていた理由が「雨月と対等でありたかったから」だと終盤で明かされるのはとても重くて、でも、そんな秋彦だから雨月は好きだったんだろう。秋彦はフラフラしたヒモ体質の男だけど、そんな男の子も本命にはなすすべもなく、相手のために、相手と一緒にいれる自分であるために正しくあろうと努力するのは、それが恋だったから、だよね。
そして私ごとではありますが、これを川上くんとしょーごくんが演じると思うとたまらない気持ちになり、本当にこれを舞台でやられたら私は死んでしまうのではないかと思う。などと勝手に早期鬱になっていますが、まだ一枚もチケットは手元にありません。
私は「誰もさわれない二人だけの国」系の男男にめちゃ萌えてしまうので、秋彦と雨月のような二人に惹かれがちなのだが、ギヴンはストーリーが進んでいくタイプのお話なので、最初っから関係性に終わりが見えており、私はこの感情をどのように取り扱えばいいのかわからないでいる。
同時に、本当に久しぶりに商業BL作品を見たけど、BLって本当に「現実には存在し得ない恋物語」を見せてくれる装置なんだなあーーー!!としみじみしている。現実世界なら秋彦のような爆モテヒモ男があの状態から改心して春樹に告白することもないし、そもそも雨月や秋彦のような男は現実に存在しない。存在しない男たちが巨大感情を拗らせた大恋愛をすることもない。ついでに真冬みたいな男(幼なじみの彼氏が自殺して辛いという歌詞を今彼の作った曲にのせて歌う、ポメラニアンみたいな男)も現実には存在しないであろう。
それを、ありえねーよ!って言いたいんじゃなくて、ありえないからこそフィクションで見てときめくんだよねっていうしみじみした感情をかみしめています。人が人を好きになるってすごいことだよなあ…
ツラくて眠れないので書きました。山ほど書きたいブログテーマあるのに*4全部すっ飛ばして書いてしまった。動揺。
映画ギヴン見るためにFODプレミアムに入ったので、FODでしか見れないおすすめコンテンツがあったら教えてください。それではまた。
しょーごくんのことを書いたエントリ
川上くんを称えてるエントリ